徒然参拝日記「増上寺と増上寺に行くまでの長歩き」(関東旅行5日目)

フジテレビを出たら、私はとりあえずお台場にあるガンダムカフェでお茶がしたかったけど...。
ジャイアンがヤニ切れを引き起こし、ガンダムカフェどころじゃなくなりました
でも、とりあえず、ガンダムカフェの前は通ったので、近くにある等身大のガンダムの写真を撮ったさ

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ガンダムはZまでしか知らんのじゃけど、これは角みたいなんが付いてるからあれかね、ユニコーンガンダム
名前しか知らんけど。

なにせ、嫌煙家の小池都知事なんだから、灰皿なんて最低限を残して街中から撤去してそうだし、ましてやお台場。
タバコのマークがあるところに行っても、灰皿はなく、ジャイアンがイライラしながら灰皿を求めて歩き進めて行き、当然、ガンダムカフェは見えなくなりました。
そして、とりあえず行先は、遥か彼方に見えている船の博物館みたいなところに決まり、そこまで歩くこととなりました。
向かう途中に、国際交流ビルみたいなんもあり、中国語を話している御一行と重なり、武漢ウィルスで騒がれている時期だけに、御一行から離れるべく歩を緩めてトロトロ歩いていたら、なんとなくなタバコ臭が漂ってきて、ようやく喫煙所を発見。
ようやく、ウダウダ言っていたジャイアンが大人しくなりました

そして、仕切り直しで船の博物館に歩いて行ったら...
博物館は武漢ウィルスのせいかどうかはわからんけど閉館中でした
こんだけ歩いたのに...。
しかも、博物館でランチにしようって話だったので、また遅いランチになりそうな予感...。

そのままモノレールみたいなんに乗り込み、新橋に到着。

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あれじゃね、テレビでよくサラリーマンにインタビューしとるんが新橋サラリーマンが多くて、新橋駅ってテレビじゃよく見る風景だわー。
サラリーマンの街ってことで、ここでランチじゃねってことになり、新橋界隈をウロチョロしたけど...
B型のくせに煮え切りの悪いジャイアンが、どこも気が乗らんって感じでそれこそ色んなお店があったけど全部スルー。
個人的には、鬼平料理「池波」というお店が今となってもめっちゃ気になっております。
鴨料理とかありそうなよね。
東京にまた行く機会があれば、鬼平料理「池波」には絶対に行ってみたいわーー。
で、結局、マクドに行って、それからまたひらすら歩きました。

相変わらず行先は知らされていないので、ゴールはわからず。
でも、東京タワーがどんどん近くなってきます

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でも、東京タワーじゃないらしく、まず到着したんは重要文化財 有章院霊廟二天門です。

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有章院というのは徳川家継の院号で、有章院霊廟は第8代将軍、徳川吉宗が享保2年(1717)に建立したものですが、空襲により二天門を残して焼失しました。家継の遺体は土葬だったため、荼毘にふして徳川将軍墓所に埋葬されました。

有章院霊廟二天門の前をそのまま左に向けて進んで行くと、徳川将軍家の菩提寺として知られている増上寺に到着。

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増上寺は浄土宗の七大本山の一つで正式名称は三縁山広度院増上寺(さんえんざんこうどいんぞうじょうじ)です。
開山は明徳四年(1393年)、浄土宗第八祖、酉誉聖聰上人(ゆうよしょうそう)によって江戸貝塚(現在の千代田区紀尾井町)の地に浄土宗正統根本念仏道場として創建され、慶長三年(1598年)に現在の地に移転しました。文明二年(1470年)には勅願所に任ぜられるなど、関東における浄土宗教学の殿堂として宗門の発展に寄与し大きく発展してきました。
江戸時代初期、増上寺法主十二世 源誉存応上人(げんよぞんのう)、後の「観智国師」は徳川家康公から深く帰依を受け、手厚い保護もあり増上寺は大隆盛へと向かって行きました。徳川将軍家菩提寺として、また関東十八檀林の筆頭として興隆し、浄土宗の統制機関となりました。
その大きさは、寺領一万石余、20数万坪の境内地、山内寺院48宇、学寮100数10軒、常時3000名の僧侶が修学する大寺院でした。
現在でも浄土宗大本山として格式を保ち、建造物、古文書、経典など多数の重要文化財を補完しています。


境内に入ると、まず鐘楼堂が目につきました。

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鐘楼堂は寛永10年(1633年)に建立されましたが、焼失したため、戦後に再建されました。納められている大梵鐘は、延宝元年(1673年)に品川御殿山で椎名伊予守吉寛により鋳造されました。徳川四代将軍家綱公の意向で奥方の「かんざし」まで寄与され、七回の鋳造を経て完成したもので、江戸三大名鐘の一つに数えられ、東日本では最大級として知られています。
大きさは高さ約3m、重さ約15トンです。


早速、本堂へ...。
本堂の中は真新しく、椅子が並べられ、外国人が椅子に座って瞑想をしていました。
都会の喧騒の中、本堂は静まりかえり、線香の香りが漂う中って、瞑想にぴったりかも。
御本尊は阿弥陀如来です。
南無阿弥陀仏

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宝物殿を見学した後、最後に徳川将軍家墓所(徳川家霊廟)に行きました。
墓所内は写真禁止なので、 写真は墓所の鋳抜門だけです。

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旧徳川家霊廟は戦争で焼失したため、土葬の遺体を荼毘にふし、昭和33年に現墓所に改葬されました。
この墓所に埋葬されているのは、2代秀忠、5代将軍兄弟の綱重、6代家宣、7代家継、9代家重、12代家慶、14代家茂の6人の将軍の他、女性では将軍正室として2代秀忠夫人崇源院、6代家宣夫人天英院、11代家斉夫人広大院、13代家定夫人天親院、14代家茂夫人静寛院の5人、将軍の側室としては3代家光の桂昌院、6代家宣の月光院など5人、その他、将軍の子女を含む計38人です。
旧霊廟は壮麗だったと言われていたけど、現在の墓所の中には青銅製の当時の宝塔もあるけど、後から造られた石塔は何故か大小様々だった。作った人の各将軍さまへの思い入れがあるんだろうか。

そうそう。
増上寺でもちろん御朱印を頂きました

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ほんと、お寺さんの御朱印の達筆具合は惚れ惚れするねーー。
葵の御紋が時代的マニアにグっと響いてしまうわー。
ひかえろーーー

増上寺、お隣には東京タワーがあり、歴史と現代がミックスされたような不思議な雰囲気だったけど、浄土宗の七大本山の威厳っていうんか存在感っていうか何だかすごいお寺だった。

増上寺
東京都港区芝公園4-7-35
03-3432-1431

徳川将軍家墓所
10時~16時(最終入場15時45分)
拝観料:500円
定休日:火曜日(祝日の場合は公開)

オマケ
関東旅行で紹介していないモケケがまだまだあるのでーー。
今回のは横浜パンダモケケ

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モケケの中ではいっちゃん子供っぽい柄のような気がした...。

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