徒然参拝日記「新日山安国寺 不動院」

バスのプチステーションやアストラムラインの駅名である不動院駅はどうやらお寺の名前らしい。
てことで...関東旅行でパラパラと神社仏閣巡りをしたので、その勢いで地元広島の神社仏閣も巡ってみましょうよということで、早速、JRとアストラムラインを乗り継ぎ、不動院に参拝してきました。
アストラムラインの不動院駅を降りたら、徒歩5分くらいだったと思う。
駅の目の前が不動院だった

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不動院というお寺があったというのも知らなかったので、不動院に入る前に見つけた説明書きとかをここに書き写して私も勉強しまする

まずは新日山安国寺 不動院の歴史から...

新日山安国寺不動院は江戸時代の「新山雑記」では、当時の開基は僧空窓(くうそう)であると伝えららえていますが、創建の時代や由緒については判然としていません。
ただ、金堂内に安置されている本尊薬師如来座像が定朝様式であることから、平安時代には創建されていたと推察されています。安国不動院と呼ばれる由縁は足利尊氏、直義公兄弟が日本六十余州に設立した安国寺の一寺であったことに由来します。以後、安芸安国寺として、又、安芸国守護武田氏の菩提寺として繁栄しました。
しかし、戦国時代の大永年間(1521~27)、武田氏と大内氏の戦いにより安国寺の伽藍(がらん)は焼け落ちてしまいました。その後50年は藁屋に本尊薬師如来を安置する有様であったと記録されています。
安国寺不動院を復興したのが、戦国大名、毛利氏の外交僧として、又、豊臣秀吉公直臣大名として戦国の世に名高い安国寺恵瓊(えけい)です。恵瓊はこの間、不動院の伽羅復興に努め、金堂、楼門、鐘楼、方丈、塔頭十二院(たっちゅうじゅうにいん)などを復興整備し、寺運は隆盛を極めました。しかし、関ヶ原の合戦で西軍に組した恵瓊は非業の死をとげ、毛利氏も防長二国に国替えとなりました。恵瓊なき後、寺領は没収となり、寺運は次第に衰えてゆきました。
毛利氏が去った後、福島正則が芸備両国四十九万石の大名として入国し、正則公の祈祷僧である宥珍(ゆうちん)が入り、住持となりました。この時、宗派を禅宗から真言宗に改め、不動明王を本坊に移して本尊とし、本坊を不動院と称しました。後に、寺院全体を不動院と称するようになりました。正則公の治世は20年足らずで終わり、浅野氏が新しい国主として広島に入りました。以後、藩政時代を通じて浅野家歴代藩主の保護を受け、概ね安定した時期が続きました。やがて明治に至り、不動院は時代の権力者の手から離れ、庶民の信仰の場となりました。
原子爆弾投下に際しても地理的条件が幸いして災禍を免れ、一瞬にして多くの文化財を失った広島にとって、昔の栄華を留める極めて貴重な存在となっています。


不動院の境内はこんな感じ。

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この案内図を見てみると、目の前にある楼門は重要文化財みたい。

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上層の尾椎(おだるき)に朝鮮木文禄三(ちょうせんぼくぶんろくさん)(1594)等の刻銘があり、文禄の役に従軍した恵瓊が当時の朝鮮から持ち帰った材木で建立したものといわれていますが、建築様式から室町時代のものとみなされ、恵瓊が朝鮮木を使って修復を行ったとも考えれています。

楼門をくぐり、正面に見えるんは国宝の金堂

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大内義隆が周防山口に建てたものを安国寺恵瓊が移建し、仏殿にしたと伝えられています。現存する唐様の建築としては最大の遺構であり、中世の本格的な仏殿の規模をうかがうことができます。正面一間通りを吹き放した珍しい構造は、大陸的な正式の手法と考えられています。天井に描かれた天女と竜の絵には「天文9年...」(1540)の賛があり建物の創建もこの頃と推定されます。

そして鐘楼も重要文化財ですって

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永享5年(1433)頃に建立されたもので、内部には高麗鐘があります。銘や痕跡から天正年間の移築の可能性があります。銅製梵鐘も重要文化財で安国寺恵瓊が当時の朝鮮から持ち帰ったと伝えられる高麗初期の名鐘です。四面の天女の文様が美しく蓮華の中に菩薩の座像があり、信相菩薩の銘が刻まれています。

不動堂は特に重要文化財って書かれていなかったな。

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元々が禅宗だったのが真言宗になってから、不動明王が本尊となったし、そこまで古くないんかな?

そうそう。
この後に行った広島城に不動院の薬師如来坐像の写真があったので、ここに貼っておきまする。

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最後に御朱印を頂き、不動院を後にしました。

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いやーー、広島市内に近いところにこんな国宝級のお寺があったとは驚きでした。
原爆からは金堂の屋根の一部がふっとんだくらいで免れたけど、8月6日以降は境内は火傷を負った北へ向かう人たちでいっぱいだったそうです。
不動院の歴史を読み、栄枯盛衰の中をかいくぐり、そして原爆を免れ、現在に至っている不動院ってのがわかったけど、この日の境内はとてものんびりとして近所の人が散歩に来ていました。
激動の不動院のイメージとは違う穏やかなお寺の風景でございました。

不動院
広島県広島市東区牛田新町3-4-9 MAP
082-221-6923

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