徒然参拝日記「富岡八幡宮」(関東旅行4日目)

成田山深川不動堂の次は富岡八幡宮へ参拝。

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富岡八幡宮は、たまたま今読んでいる江戸時代の時代小説が江戸の話で、深川八幡として話に出てきているので、ほんまオンタイムだわ。
といっても、富岡八幡宮って、数年前に境内で日本刀殺人事件があったというそんな血生臭い話の方がより頭にこびりついているけど...

小説では、縁日で盛り上がってるみたいな話で、庶民に慕われてるそんな深川八幡様みたいだけど、私自身が実際は何も知らないので、とりあえず、富岡八幡宮の説明書きをこちらに書いておきます。

富岡八幡宮は寛永4年(1627年)、長盛法印によって創建された神社で、当初は「永代嶋八幡宮」と呼ばれていました。長盛法印は日ごろから先祖伝来の八幡神像を信敬していましたが、寛永元年のある日、御信像が夢の中に現れ「武蔵国に永代嶋というところがあり、わが宮居せん所には白羽の矢立ちたらん」とお告げを下されました。
この霊夢に従い、法印は永代嶋にて白羽の矢を発見して八幡宮を創祀、その後貞享2年(1685年)には聖徳太子のお告げに従い社名を「富岡八幡宮」に改めました。
以降、徳川将軍家から庶民に至るまで信仰篤く「深川の八幡さま」としても親しまれ、八幡宮周辺は江戸随一の門前町としても栄えました。その信仰は今も変わりなく、毎月1日、15日、28日の月次祭は縁日として大変な賑わいを見せています。


説明書きを読んだら、やっぱり縁日は今でも盛り上がってるんじゃねーーー
社殿は東京大空襲で焼失したため、現在の社殿は1956年(昭和31年)に造営されたそうです。
御祭神は応神天皇。

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正面参道の手水舎は東京五輪に向けて、新しくなったみたいだけど、資料館側にある手水所はこんな感じで、岩のくぼみに水が流れてたまっている状態で、新しい手水舎よりは手水所にグっときました。
水は谷川の清き流れを引いているとか

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他にも写真はないけど、富岡八幡宮は貞享元年(1684年)に初めて寺社奉行の許しを得て、勧進相撲が行われた江戸勧進相撲(現在の大相撲)発祥の神社です。境内には第12代横綱陣幕久五郎が明治33年(1900年)建立した横綱力士碑があります。
富岡八幡宮では、新横綱の土俵入りを記念する興行などを神社で行っているそうですよ。

相撲の他には、日本測量の父、伊能忠敬が全国測量旅行前に氏神である富岡八幡宮に参拝したそうです。
伊能忠敬は、深川黒江町に住んでたんだって。
てことで、伊能忠敬の銅像もありました。

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ほんま、昔からこうして慕われてきた富岡八幡宮なのに、数年前に賽銭で遊び狂った挙句、最終的にはお家騒動で、神聖な境内を地の海にしたとか、神様に仕える人がこんなじゃ残念じゃね。
今はもちろん、宮司さんも新しくなり、参拝者も事件以降、増えてきているらしいので....。

あと、富岡八幡宮の御朱印はこちら。

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そうそう。
富岡八幡宮界隈では深川めしが有名みたい。
ざっくりと切った葱と生のあさりを味噌で煮込んで熱いご飯にぶっかけた、お値段もリーズナブルな江戸時代から続く漁師飯。
全国五大銘飯の一つみたいで、伊能忠敬の像の近くにも深川めしのお店がありました。
あとは、もんじゃ焼きもちょっと足を延ばせば色々あるみたいなねーー。
ここいら、江戸っ子料理が色々ありそうなね。

富岡八幡宮
東京都江東区富岡1-20-3
03-3642-1315

オマケ
前回の記事でアップしたモケケパンダ総柄に続き、今回は東京バージョンの総柄じゃないモケケのパンダバージョンです。
何気に総柄パンダよりかわいいと思うわぁ。

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