徒然お出掛け日記「鶴林寺(かくりんじ)に参拝してきました」(青春18切符4日目)

旅行4日目は、兵庫県加古川市にある鶴林寺へ。
鶴林寺へはJR加古川駅からバスに乗り、バスは10分くらいしか乗っていなかったと思う
でも、バスを降りてから、てくてくと歩き、なにせ公園めいたのが広くて、どこに向かっているのかわからん感じ...。
公園をぐるっと回ったら、お寺っぽいのが見えてきて、広い駐車場もあり。
どうやら、鶴林寺に到着したみたい

では...聖徳太子御創立の鶴林寺の門を通る前に鶴林寺の説明をば

高句麗の僧、恵便法師が、物部氏ら排仏派の迫害を逃れて、この地に身を隠しておられたので、聖徳太子が法師の教えを受けるため、この地に来られました。
587年、泰川勝に命じて精舎を建立し、刀田山四天王寺聖霊院と名付けられたのが、当時のはじまりであると伝えられています。
養老2年(718年)、武蔵国大目身人部春則が太子の遺徳を顕彰するため、七堂伽藍を建立し、9世紀の初め、慈覚大師円仁が入唐の際に立ち寄られ、薬師如来を刻して国家の安泰を祈願され、以後天台宗になりました。
天永3年(1112年)鳥羽天皇から勅額をいただき、「鶴林寺」と寺号を改め、勅願所に定められました。鎌倉時代、室町時代と太子信仰の高まりと共に、鶴林寺は全盛期を迎え、寺坊30数ヵ坊、寺領25000石、楽人数十名が常にが舞楽を奏していたといわれていましたが、戦国時代に至って、信長、秀吉らの弾圧、さらには江戸時代の厳しい宗教政策のため、衰微せざるを得なくなりました。
今では、刀田の太子さんや播磨の法隆寺と呼ばれ、多くの文化財が護持されております。


まずは室町時代に建てられた県指定文化財の仁王門をくぐります。

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仁王門は、階上に坐禅堂を持つ楼門形式で、大伽羅の正門として位置しています。

鶴林寺の境内は広く、時間があれば宝物館(有料)まで見ることができますよ。

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仁王門をそのまま進むと、本堂があります。

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鶴林寺最大の建物で内陣厨子(ずし)の棟札に応永4年(1397)の銘があります。入母屋造り、本瓦葺。和様・大仏様・禅宗様の折衷様式の代表作です。御本尊は、薬師如来。日光、月光、毘沙門、持国、十二神将が祀られています。

本堂の隣には太子堂

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宝珠をいただいた桧皮葺の優美な県下最古の建築です。
本尊は釈迦、文殊、普賢、四天王をまつり、天井に典雅な仏天蓋を吊るしています。室内には長年のススでおおわれているので、肉眼では見えず、赤外線で発見することができた肉眼では見えない九品来迎図、桂絵等の太子堂壁画もこの建物に納められていました。
全体として藤原建築の美点を遺憾なく発揮しバランスの富んだ建物です。


そして、太子堂の近くには法華一石一字塔という江戸時代の供養塔があります。

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建立は明和8年(1771年)です。法華経の文字を一つの石に一時ずつ書いて千部納め、読誦(どくじゅ)して回向(えこう)うぃ、三界万霊(さんかいばんれい)の菩提を弔ったものです。
正面に記されている字は言葉を慎むという意味だそうです。


あと、この門はふりきる門といい、右にある観音堂で振り切りたい思いを紙に記入し、この門をくぐり裏にまわるとパワーストーン「ふりきり石」があります。
この「ふりきり石」(別名マニ車)にはインドの陀羅尼(だらに)が彫られていて、この石に念じ、回すことで心にある邪念を振り落とし、新たな自分にかわると言われています。
願いを叶える効果があり、回す行為で過去からよりよい未来に自分で向かわせる功徳があるとされています。
紙は近くにある木におみくじみたく結ぶみたいです。


腰をかがめて、くぐっていき、願掛けをしたのは言うまでもないよね

そしてお隣の観音堂

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太子堂よりめっちゃ古そうに見えるけど、建立は江戸時代。
1705年に姫路城主の榊原正邦公の寄進のよって再建されたものです。元来は、観音堂には愛太子観音と呼ばれる白鳳時代の聖観音菩薩(現在は宝物殿に安置)をお祀りしていましたが、明治時代の神仏分離政策以降は浜の宮神社の本地仏であった現本尊の聖観音菩薩(秘仏)をお祀りするようになりました。
構造は入母屋造り、本瓦葺き、正面一間の向拝付き。奥二間が内陣、手前一間が外陣です。
内陣の須弥壇上に妻入軒唐破風付きの厨子を置き、秘仏の本尊聖観世音菩薩像を祀っています。手前は御前立像の聖観世音菩薩、須弥壇右には善光寺如来を祀っています。


観音堂の後ろには観音堂よりも更にこじんまりとしていますが、重要文化財の護摩堂があります。

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護摩堂は永禄6年(1563年)建造。
三間四面の入母屋造りで本瓦の均整のとれた小堂です。内部中央に護摩壇があり、火を焚いて本尊不動明王と自分とが一体になる祈祷を行うお堂です。


護摩堂から本堂の後ろ側に向かう形で歩いていくと、今度はお堂系じゃない建物が出現。
これも重要文化財の鐘楼です。

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国宝の本堂よりは10年遅れて建てられた、応永14年(1407年)の鐘楼は階段を2階にのぼって鐘をつく一般には少ない構造になっています。外部から見ると建物が「袴」(はかま)をはいているように見えるので、袴腰造りと呼ばれています。梵鐘も重要文化財で約1000年前の高麗時代に造られた「朝鮮鐘」で、形も魅力的ですが「黄鐘調」(おうぎちょう)の妙なる音色をもった名鐘です。

本堂の後ろを通り過ぎると浄心院と鶴林寺の門が一部浄心院側にへこんでいる形になっていて、木枠で囲まれた不開(あかず)の門跡(もんあと)があります。

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12歳の聖徳太子が恵便法師を招いて仏教の就学に励まれた「木の丸殿」の門がここにあったと伝えられています。
木の丸殿は聖徳太子が通った後を誰も通ることのないように塞いだ跡だそうで、よーく見ると、門跡の瓦はなんと天皇家の菊の御門。木枠以外の瓦は菊の御門じゃないんですよ。ちなみに、浄心院の中に木の丸殿があったと伝えられています。

不開の門跡の近くには十二歳の聖徳太子像がありました。

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実はこの後、突然の胃の腑の痛みで、脂汗。
常行堂、天台宗の修行を行うための専門の堂でかなり格式のある天台寺院にしか見られない行者堂などの重要文化財があったけど、写真を撮る気力はなかった

そして、そのまま仁王門に向かい、仁王門が近くなると県指定文化財の三重塔があります。ラスト写真でございます。

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室町時代の塔だけど、江戸時代に大修理が行われ、近年放火で一部損傷し、1980年の解体復元修理でよみがえりました。

京都のお寺とか、割とうやむやにされているみたいで、日本を嫌ってる外国人とかがいたずらで落書きしたとか聞いたけど、外国人に限らず、神社仏閣に放火とかいたずらって赤バチが当たればいいのにね。

重要文化財だらけの鶴林寺
腹痛ゾーン以外にも色んな写真があるんだけど、全部紹介したら3部に分けないといけない勢いになるので、今回は文化財系に絞りました。
境内には菩提樹と沙羅双樹があり、季節になると菩提樹の実なんかを御守に頂きに来る人もいたりするそうですよ。

鶴林寺で頂いた御朱印はこちら。

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そうそう、鶴林寺の近くには加古川銘菓のお店があり、何だか名物チックな最中があり。
名前は鶴林梵鐘
重要文化財「梵鐘」をかたどった最中で、これを食べて帰りたかったのに、行きも帰りもあまのじゃくのジャイアンが意地でも寄らんかった。
気になり過ぎて後で調べたら、全国菓子博覧会金賞受賞、最中の皮はもち米から作っているというこだわりの最中じゃった。

帰りは、バスの本数が少なく、かなり待たないといけないので、徒歩で加古川駅まで歩いたさ

歩けども歩けども駅が見えず、腹痛の後だったので行き倒れになりそうな勢いでようやく駅にたどり着き、駅に隣接していたドトールに飛び込み、パンとパンプキンケーキをガツっと食べたわぁ

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鶴林寺
兵庫県加古川市加古川町北在家424
079-454-7053
9時~16時30分
拝観料:500円(宝物殿拝観料と一緒だと800円)

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