徒然手作り日記「徒然手作り日記「かわいい刺しゅう」デアゴスティーニ14号

久しぶりにデアゴスティーニのかわいい刺しゅうレポート
今回は14号でございます。

7z9z9z9z9z9z9g.jpg

14号の季節のタペストリーはブレーメンの音楽隊のピエロと子供を仕上げるという作業。
ほとんどがサテンステッチだったから、何とかなったわぁ。
ただ、エプロンとか襟でチェーンステッチとかブランケットステッチが発生したからすっかりやり方を忘れてしまい、デアゴスティーニの動画を見ながら進めたけどね。

7z9z9z9z9z9z9j.jpg

全体的にこんな感じになりましたっ

7z9z9z9z9z9z9k.jpg

そして、暮らしのステッチ小物は、こぎん刺しのポットマット

伝統柄の裏うろこ・結び花・糸流れを組み合わせた図案らしいです。
今回の図案は5時間で仕上げられる目安となっていたけど...
なにせ、数え間違いが多く、その度に色ほどいてやり直していたので、5時間どころか数日かかってしまったという
四苦八苦して完成したこぎん刺しがこちらーー。

7z9z9z9z9z9z9l.jpg

次の回で、仕上げに入りまする

オマケ
久しぶりに読んだ本アルバム

今回読んだ本は司馬遼太郎著 空海の風景(下)

7z9z9z9z9z9z9m.jpg

上巻が唐の長安でのきらびやかな2年間の話で、長安での空海の周りには多くの文人、文化人などが集まり、貧乏ながらそれこそきらびやかな時間を過ごしていたという話で終わり、下巻では、密教界の頂点に立つ恵果和尚から密教の全てを受け継ぎ、日本から訪れた空海が密教界の頂点に立つという偉業を成し遂げました。
空海のしたたかなところは、死にかけた恵果和尚の前になかなか現れず、本当に余命いくばくもなくなった時期にようやく和尚の現れ、一気に授けてもらったそうな。

下巻では、最澄の話が多かったと思う。
最澄は、長安から港に向かっている最中に、付近の寺で少しばかりの密教を手に入れて帰国し、それを朝廷に納めたから大変。
天皇が食いつき、密教がブームとなり、てんやわんやちやほやな日々となり、遅れて帰国した空海はムカムカしていたんじゃないだろうかという。
ただ、空海は待ちの営業で、ころあいを見量り、うまい具合にやりくりをしてなんとか真言宗を立ち上げたみたいです。
最澄は、中途半端に密教を広めたため、色々と学ばなくなってしまい、空海に経典を貸してくれと毎度毎度頼んで、空海を煩わせたみたい。
本の中では、何度も空海と最澄の性格の違いが書かれていて、最澄は割と温厚で年齢関係なしに自分をへりくだっていたところがあり、それでも言うことはしっかりと言う人で、奈良仏教にはビシバシと批判しまくりめっちゃ叩かれていたそうな。
空海は世渡りがうまいのか、頃合い、人の顔を伺って動くような感じで、読んでいくと若干の腹黒さも垣間見えた次第。
この2人の長いやり取りも最澄の人柄の良さがよく描かれており、空海は割と小さいなーと思うような件もちょいちょいあり。
そうそう、空海の法号って、遍照金剛らしく、そういえばうちは真言宗なのでお盆とかでお寺さんに行ってお経を読んでもらっていたら、遍照金剛って聞こえてきたなと、思ったんだけど、それって大日如来のことだったらしい。
すごいね、大日如来の名前をもらえるって。
この本を読んでほんま思ったけど、空海ってほんと世渡りうまいし、したたかだし、結果、うまい具合に事が進んでいった部分もあり、やっぱそれって現代に通じるもんがあるなと思ったわー。
最澄は世渡りが不器用そうだったけど。
この本を読んだら、高雄山寺に行ってみたくなるし、四国の空海由来の土地にも言ってみたくなるねーー。
高野山の話はそこまで書かれていなかったけど...。
こうして読んでみると、空海ってめっちゃ忙しい人だったみたいで、ほんまに宮島の弥山で修行したのかどうかちょっと怪しい...。
文献も残っていないみたいだし。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント